漢字教育士ひろりんの書斎日本語の本棚
2016.4.  掲載

 何と読む?「戸開走行保護装置」

 皆さんは表題の言葉をご存知だろうか。またお読みになれるだろうか。
 実は、国土交通省のホームページに載っている言葉である。

 2006年6月に、東京都港区の賃貸マンションで、高校生がエレベーターから降りようとしたところ、ドアが開いたままの状態でエレベーターが上昇したため、出入り口の天井部分とエレベーターの床部分に身体を挟まれて死亡するという事故があった。当時有名?になったシンドラー社製のエレベーターである。
 この事故を受けて、国土交通省ではエレベーターの安全に係る技術基準の見直しを行い、建築基準法施行令を改正した(2009年9月施行)。上記のホームページはこれをPRするためのものである。

 改正後の施行令の条文にはこうある。

(エレベーターの安全装置)
第百二十九条の十  エレベーターには、制動装置を設けなければならない。
(第1、第2項略)
 3  エレベーターには、前項に定める制動装置のほか、次に掲げる安全装置を設けなければならない。
一  次に掲げる場合に自動的にかごを制止する装置
イ 駆動装置又は制御器に故障が生じ、かごの停止位置が著しく移動した場合
ロ 駆動装置又は制御器に故障が生じ、かご及び昇降路のすべての出入口の戸が閉じる前にかごが昇降した場合
(以下略)

 上記のロの場合に自動的にかごを制止する装置のことを、国土交通省のHPでは「戸開走行保護装置」と呼んでいるわけである。

 さて、この装置の名称を何と読んだらいいのか。
 国交省や自治体、またエレベーターメーカーなどのHPにもこの名称は登場するが、振り仮名をつけたものはない。施行令改正のための審議会の議事録を見ても、振り仮名はないし、名称に関する議論もない。
 建築基準法の講習会などでは、講師が「とかい~」と読んでいるケースが多いようだが、それでいいのだろうか。
 言うまでもなく、戸を「と」と読むのは訓読みで、「開」(かい)は音読みである。伝統のある名詞なら仕方ないが、このような新造語にいわゆる「湯桶読み」を用いるのは適当ではない。耳で聞いても何のことか分からないからである。

 音読みでそろえて「こかい」と読む可能性もあるが、ますます何のことか分からない。「戸」を「こ」と読むのは、住戸・一戸建て・戸主など、家全体や一家のことを言う場合が多く、扉のことを「こ」と読む日本語の熟語は思いつかない。
 「とびらき」と読めば意味は分かるが、その場合は「戸開き」と「き」を送るのが通常であろう。現に、この装置を設置したエレベーターに貼るステッカーには、「戸開き走行防止」とある。(一般社団法人建築性能基準推進協会のHP

 堅苦しく言いたければ「開扉」とすればよいが、施行令の条文ではエレベーターの扉は全て「戸」と表現しているので、そうもいかないのだろう。

 さらに、後続の「保護装置」にも問題がある。施行令によれば、前述のとおり、この装置は「かごを制止する装置」である。審議会の議事録では「防止装置」が使われているようである。これがなぜ「保護装置」になったのか。「戸開走行保護装置」では、「戸が開いたまま走行しても安全なように保護する装置」のようである。何か全く違うものを想像してしまう。

 というわけで、私がこの装置の名をつけるとしたら、「戸開き走行制止装置」としたであろう。
 しかし、この「戸開走行保護装置」は権威ある国交省が名づけたものなので、法令解説書や技術的テキストなど、多くの媒体に引用されていることであろう。こうして、官僚が作った変な日本語が蔓延していくのである。

 ちなみに、国土交通省のホームページには、「皆様からの要望、意見等を一元的にお受け」するための「ホットライン・ステーション」なるものが用意されている。
 「要望・意見等」に「御」がついていないのが気に入らないが、私はかつて、上記の疑問や意見をこのページから送信した(2015.5.16)。しかし、そろそろ1年がたつのに何の応答もない。良く見ると「お受け」するとは書いてあるが対応するとは書いていない。もともと期待していたわけではないが、無駄手間を誘発するためだけにあるページのようだ。